2001年4月13日 ことばは政治家の命
みなさん、新年度を迎えられ、ビジネスに新しい学校生活に張り切っていらっしゃることと思います。 先日の「新しい門出の皆さんへ」でも、触れましたが、春は何かに[チャレンジ]したい季節ですよね。
私は、政治家を目指している立場の人間ですから、自分の考えをどんな人に対しても、 自分の言葉でしゃべるよう心がけていますし、どんな状況においても、信念を貫くべき時は、 自分の言葉で説明することの大切さを常に意識しているつもりです。
先日、うちの息子が福沢諭吉翁の建立した東京・三田の「演説館」を見学に行って来たそうです。 そもそも「演説」という言葉は、福沢諭吉の造語で、それまでの日本には、 自分の考えを人前で述べるという概念すらなかったといっても過言ではありません。
封建社会では、お上や家長に逆らったことを言うなどということは、考えられないし、 もし意見を言えば、武力で鎮圧されてしまっていたわけです。 福沢諭吉は、西欧歴訪で体験してきた「文明国」での、議会での意見の応酬、 また一般の人々が自分の言葉ではっきりと意見を述べる様子を見て、 これからの日本にはこうしたことのできる人を育てることが大切だ、と帰国後、 演説館を建てるなどして、若者を育てようとしました。
さて、明治維新から百年以上経た今、日本では、国会で「原稿読み」の質疑がなされ、 永田町的なわけのわからない言葉が、いまだに横行しています。
信任した森首相を今まさに変えようとしている理由はなんなのか。 信任した人達自身から「反対」の声すら出ないのは、なぜなのか。 世論やマスコミのせいにするようでは、そもそもの行動理由にはなりません。 自民党総裁選に出馬を決めた小泉氏、橋本氏ともに福沢翁の作った学塾の出身者です。 ぜひ、この機会に私たちに分かり易く説明していただきたい。
私も、地道に一歩一歩ながら、少人数でも有権者との語り合いの会を何よりも大切に思っています。 そういう場が、私の考えを直接語れる場所であるばかりでなく、 一人一人のみなさんが、率直に意見を言い合い、地元や日本の未来を熱く語れる場所だからです。





